システム・オブ・ア・ダウン
    訳出に関するノート

 by レイランダー・セグンド  2005/06

la civilisation faible
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Open your eyes, open your mouths, close your hands and make a fist.
 ―ファースト・アルバム裏ジャケット記載のメッセージより


 システム・オブ・ア・ダウン(以下SOADと略記)は1998年メジャー・デビューした、LA出身の4人組。現在その筋では(どの筋だ、などと聞かないように)最も動向が注目されているバンドの一つ。昨年(2005年)満を持して発表された連作『メズマライズ』『ヒプノタイズ』は、それぞれ全米チャート初登場1位。同一年内に二枚の新作が1位になったのは、ビルボード史上初の快挙なのだという。ちょっと意外な気もするが。
 その出自からして、見かけからして、生々しい音の存在感からして、「異質」とか「異色」とか「異形」とか、とにかく「異」という修飾語がえらくしっくりきてしまうバンドではある。
 日本での売り出し方も、当初はそのあたりを強調するように「激ヤバ」なんてキャッチフレーズがついていた。また、未だにレコード屋で探すと「ハードコア・メタル」とか「パンク/ラウド」なんていう棚に置かれていたりする。そういう受け止め方が間違いだとは言わないが、仮にもローリング・ストーン誌(米国ロック雑誌の草分け)が2001年の最優秀アルバム(2ndアルバム『毒性』)に選定したほどのバンドなのである。もう少しフツーにその業績が称えられてよさそうなものだ。少なくとも彼ら自身は、「異」に由来するどぎつさを、ことさら強調しているつもりはないはずだ。

 などと弁護しつつも、一時期の
phycho こんな写真を見てしまうと、思いっきり説得力に乏しいかもしれない。やっとるやん、こいつら^^。

しかし、そんなことを言ったらごく最近の、
mag これでさえ、一見「LAロックの大御所」みたいなありがちな風体をしつつ、「なんかちがう・・・」という印象を結局残してしまうのが、彼らの(意識せざる)魅力だ。僕は勝手にそう思う。聖なるものは異なるもの。それがロックである。そういう意味で、彼らこそ王道なのである。と、あっさり言い切れる僕の頭こそ「激ヤバ」なのかもしれない。ほっとけ。


アーチストの基本情報は以下より。
@ALL IN A SYSTEM DOWN
日本のファン・サイト。バンド及びメンバーの詳しい来歴はこちらが詳しい。メンバーのバンド外の活動情報なども盛りだくさん。当ページ内のSOADに関する情報の多くは、ここで教わった。お世話になってます。
Ahttp://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/SystemOfADown/
日本発売元ソニーのページ。
(以下英語サイト)
Bhttp://www.systemofadown.com/
公式サイト。つながりにくいことが多い。
Chttp://soadfans.com/
米国のファンが運営しているサイト。

<アルメニア系・・・>

 メンバーは全員アルメニア系アメリカ人。
 Serj Tankian  Vocal,Keyboard
 Daron Malakian  Guitar, Vocal
 Shavo Odadjian  Bass
 John Dolmayan  Drums
 苗字の-an(もしくは-yan)はアルメニア系の名前の特徴である。著名なアメリカ人としては、ウイリアム・サロイヤン(作家)、デイヴィッド・バーサミアン(ラジオ・プロデューサー、エディター)などもそう。SOADのレコードに記載されているスタッフ・協力者の面々にも、ちらほらこういう名前が読める。LAのアルメニア・コミュニティの仲間たちなのだろうか。
 しかし音楽の中身については、「アルメニア系」であることを取り立てて珍しがられることを、本人達は嫌がっているようである。その楽曲にしばしば顔をのぞかせる中近東っぽいメロディーについても、全く無意識にそうなっているだけだとか。と言いつつも、「SCIENCE」「PSYCHO」ではエスニック楽器の使用も含め、きわめて中東っぽい雰囲気が表現されているし、「AERIALS」のエンディングにいたっては、あからさまなアルメニア民謡(?)の唱和だったりする。
 つまり「アルメニアっぽさ」を売りにするつもりはさらさらないが、自分達のルーツへの誇りや愛着は当然のように持っているということだろう。メンバーが山羊のような顎鬚をぶら下げていたりするのも、その現れか。いずれにしろ、「アルメニアっぽい」とはどういうものなのか、そもそも知らない僕などに、本当のところは判断のしようがないのだが。


<アルメニアン・ジェノサイド>

 1stアルバムの最終曲「P.L.U.C.K.」は、そのアルメニアの血を引く者にとって避けて通れない、20世紀初頭の歴史的事件にまつわる曲である。
 ちょうど先述のアルメニア系アメリカ人の一人、D・バーサミアンが、インド出身の政治学者イクバール・アフマドへのインタヴューをまとめた『帝国との対決〜イクバール・アフマド発言集』*という本がある。この中にジェノサイドに関連する記述が多くあるので、引用させてもらう。
 まず、事件の概略。
「トルコ、イラン、ロシアに囲まれ、この三帝国の勢力争いの焦点となってきたアルメニア人の歴史は虐殺と分割の歴史であった。[・・・・]最大規模のアルメニア人虐殺は第一次大戦期の1915年に起こる。戦時下、国内のアルメニア人を絶滅すべく、トルコ軍部は、東部諸州のアルメニア人男性を虐殺し、老人や子どもをメソポタミア砂漠に死の行進にかりたてた。犠牲者は百万から百五十万といわれる。このジェノサイドは、戦時下であり、戦略的な思惑から、ヨーロッパでは一部の抗議をのぞきおおむね黙殺されたこともあり、アルメニア人にとって癒しがたい遺恨になった。1985年国連の「少数民族の差別撤廃と保護に関する小委員会」はイギリスが提出したアルメニア人ジェノサイドに関する報告書を受理。それには当時のアルメニア人の半数を超える百万人が虐殺され、死の行進に追いやられたと記され、「人道に対する罪」が問題にされた。この問題はトルコ政府によるロビー活動によってそれ以上審議されなかった」(-P287 訳注より)
 トルコは現在アメリカの軍事同盟国であり、それも手伝ってか、合衆国政府は公式にはこの事件を認めていない。SOADのメンバーは、これを政府に認めさせる運動に加わっている。

 アフマドの分析も見てみよう。
「アルメニア人はそれまで比較的安全にカリフ統治のもとで暮らしてきたのですが、そこに一種独特の差異のイデオロギーつまりナショナリズムが台頭してきます。そのイデオロギーは、血統がトルコ人でない者はみな<他者>であるというものでした。アルメニア人はキリスト教徒だから殺されたわけではありません。アルメニア人はアルメニア人だから殺されたのです。アルメニア人は、言葉の真の意味で、中東におけるナショナリズム台頭の最初の犠牲者でした。」
「トルコの人びとは、自分たちの歴史、とりわけアルメニア人へのジェノサイドをふくむ現代史と折り合いをつけるようなときが来るまで、自由な人間にはなれないでしょう。[・・・・]あれは内戦だといいくるめて片づけてしまえるようなものではありません。もしトルコ人がこのことを認めるならば、彼らは、今よりも大きく、もっと偉大な国民になるでしょう。ちょうど現在、わたしの考えでは、ドイツ人がホロコーストを認めたがゆえに大きな国民になったように。」
(-P243,244)

 耳の痛い話である。
 ちなみに、日本の外務省のウェブサイトでアルメニアのページを読んでみたら、ジェノサイドについては一言も言及していなかった。ふざけている。

* 『帝国との対決〜イクバール・アフマド発言集』訳 大橋洋一・河野真太郎・大貫隆史 (太田出版、2003年)
 こちらの書評も参考に


<SOADの詞について>

 SOADの曲は、当初はサージ・タンキアンが詞、ダロン・マラキアンが曲、という分担が多かった。
 『メズマライズ』にいたって、マラキアンは詞とヴォーカルの方でもリードを強めているが、僕はやはり彼らの曲をそれたらしめているのは、タンキアンの詞の独創性にあると思っているので、この傾向は少々残念。マラキアンの歌詞ではダメだ、というわけではないけれど、タンキアンがあまりにも個性的なので、それと比較すると・・・ということ。二人の共作による詞では、直接的なマラキアン・観念的なタンキアンという、互いの個性がブレンドしていて、とてもいい感じなのだが、それだってやはりタンキアンの言葉のセンスあってこそ、と思ってしまう(あくまで個人的な見解です。ダロン・ファンの人ごめんなさい!)。
 そのタンキアンは忙しい人で、これまたアルメニア系のジャズ・ミュージシャンArto Tuncboyaciyanと共にセラートというユニットをやっていたり、「サージカル・ストライク」というレーベルを運営していたり、LAの先輩格にあたるレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの元メンバー、トム・モレロ(写真右)らと「アクシス・オブ・ジャスティス(正義の枢軸)」なる非営利団体で活動していたり(HPはこちら)、個人で詩集を出版していたり、・・・要するにSOAD以外の活動も盛んなので、そうこうしているうちに当のバンドの方では、マラキアンのイニシアチヴがいよいよ強まっている、ということだろうか。もっともマラキアンは元々曲のほとんどを手がけ、アルバムの共同プロデューサーも務めるリーダー格だから、今さらイニシアチヴ云々と言うのも変な言い方なのだが。
 そのあたり、『メズマライズ』のライナーでも紹介されていた五十嵐正氏によるメンバーのインタヴューもご参考に。<情報提供:ぽんすけ様>

>>> タンキアンの詞についての試論はこちら
>>> 個々の曲の訳詞解説はこちら


<『STEAL THIS ALBUM!』発表経緯、およびクレジットについて>

 彼らの3枚目のアルバム『STEAL THIS ALBUM!』は、基本的にセカンド『TOXICITY』録音時の未発表曲を集めた、ブートレッグもどきの体裁である。
 僕は彼らにまつわる過去の記事を逐一読んだわけではないので、このアルバムの発売経緯については、「インターネット上にアウトテイクが流出してしまったので、いっそアルバムにして出してしまえ、ということになった」みたいな通説をまずは信じるほかなかった。

 だが聴けば聴くほど、そんな「マテリアル流出対策」という消極的な理由だけだったとは思えない。
 発売時期(緊急発売だったそうで)と、アルバム自体の内容を鑑みれば、翌年のイラク侵攻開始をにらんでの、アメリカ社会に対する告発――戦争はこの国の内部にある!――の意図は明確だと思う。特にアルバム前半がそうだ。少なくとも、『TOXICITY』が9.11の前に完成したレコードだったので、9.11後の社会もふまえて、言い足らないことはこっちにまとめたぞ、みたいなニュアンスを感じるのだ。
 いずれにしろ、「アウトテイク集にしては」などとつけ加える必要もないくらい、完成度の高いアルバムである。

 ただ、あえて歌詞カードもジャケットも付けないという、掟破りの形態にこだわったために、他のアルバムでははっきり記されている各曲のクレジットが不明なままである。しばらくは「Connected D」と呼ばれる方式によって、WEB上でアルバムに関する資料が閲覧できる状態だったようだが、そのサービスはとっくに終了していて、僕は間に合わなかった。
 しかし当時からのファンの人に聞いても、そこでの各曲ごとの「作詞誰それ・作曲誰それ」という記載は記憶にないようである。アメリカのファン・サイトなどを調べても、細かいマニアックなデータはあるくせに、作詞作曲者の基本的なデータはない。
 結局『STEAL THIS ALBUM!』だけクレジットがわからないということは、メンバー自らがあえてその状態を望んでいるからだろう。理由はわからないが(著作権上の問題は別にないようだが)。ならばファンとしては、素直にその意図に従っていればいい。
 そういうわけで、僕の訳詞ページにおいて『STEAL THIS ALBUM!』所収の4曲( 2002 と表記がついているもの)については、lyrics by-は抜けたままになっております(その辺のデータをもし知っている方がいらしたら、教えてくださると幸いです)。





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