『戒厳令』

"ETAT DE SIEGE"   film by COSTA-GAVRAS (1973)

la civilisation faible
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 part.2    託された両眼


 もうかなり古い文章だが、メディア批評家の粉川哲夫氏が、コスタ=ガヴラス監督の 『ミッシング』 (82年)公開に寄せた 論評 (*1) の中で、主に“政治三部作”を振り返ってこう述べている。

「『Z』 や 『戒厳令』 が、あの熱い日々に拮抗しえたのは、結局、権力の暴力に対して反権力の暴力というものがあること、そしてそのような暴力を行使しなければならない時があるということを、これらの映画が示唆することができたためだった。しかし、事態は変わった。権力はいまや、いかなる反権力的な暴力も、それを単なる犯罪として葬ることができるほど一切の暴力を国家独占する技術を身につけた。一個人には、反権力の名においていささかの暴力をふるうことも許されないが、国家権力は、国家の名において一個人をいつでも死刑に処することができるのである。」

 氏の分析には、おおむね共感できる。粉川哲夫といえば、はるか昔に 『電子人間の未来』 という本を読んだきりだが、それより前の1980年代の初頭に、これだけケレンミのない世界認識を持ち得た人が、やっぱり日本にもいたんだよなあ、という感慨のようなものが沸いてくる。僕が言うとえらそうだけど。
 だが同時に、“三部作”の中でもラストの 『戒厳令』 に限っては、上の指摘からすり抜ける側面というか、むしろ指摘の後半部に既に対応している側面さえ抱え込んでいるように、僕には思える。特にマスメディアの果たす役割の描き方という点で、 『Z』 と 『戒厳令』 の間には、わりあいはっきりとした断絶があるように思うのだ。

 というのも『戒厳令』 において、反権力―すなわちトゥパマロスの行為は、権力側の吐き出す「テロリズム」「狂気の殺人」といった、問答無用のキャッチフレーズによって固定されている(政府は「トゥパマロス」の呼び名自体を禁止用語とし、“テロリスト”という言葉を使うようマスコミに厳命している)。そしてトゥパマロス側はといえば、そのように権力側がマスメディアを通じて、反体制勢力の横暴、非人道性という形で言いふらすのを、なかば折込済みのこととして、割り切って対処しているように見えるのだ。
 これは、たとえば 『Z』 の中で、指導者を暗殺された平和運動家たちが、翌日の新聞にその真実の経過が載っていないことや、むしろ運動家たちが民衆を挑発して事件を引き起こしたかのように書かれているのを知って、怒りにわななくという場面と比べて、対照的である。
 しかも三部作の他の二作では、反権力側は実は「暴力」を行使するまでにも至らない。むしろ「暴力」を行使したくなる挑発に、いかに乗せられずにやり遂げるか、というところが焦点であったりする。あるいは 『告白』 (旧チェコスロバキアの反体制派粛清を描いた)だと、そもそも反権力にそこまでの力がない現実の中で、いかに生き延びるかが焦点、とさえ言えるかもしれない。
 『Z』 では平和運動の支持者たちは、最後まで暴力に頼らずに体制を倒す寸前にまでこぎつける。最後の最後に、悲劇のどんでん返しが待ち受けているのだが・・・そのことをもって、反権力の暴力を「称揚する」メッセージがある、とまでは少なくとも言えないだろう(だからこそ粉川氏も「示唆する」という言葉にとどめている)。
 そんなわけだから二作とも、観終わった後にまず浮かんで来るのは、資本主義体制下であれ、共産主義体制下であれ、悪辣な権力と対決するのに、我々市民は何より「忍耐」の二文字をもって臨むしかないのか!という、被虐的な感慨だったりする。そしてこれはある意味、(別に皮肉な意味ではないが)市民道徳の範疇に易々と収まる感慨でもあるのだ。

 『戒厳令』 の方だと、そうはいかない。まず一方の反権力側も「暴力」行使中である(もちろん権力側の「暴力」には、質の面でも規模の面でも到底及ばないが)。しかも、暴力の連鎖がもたらす不毛の只中にはまって難儀するという展開も含まれていて、他の二作とは前提の違いが大きい。だが問題は、前提の違いだけではない。
 たとえば物語の終わり近く、(政治犯の釈放という)要求に応じない政府にしびれを切らし、いよいよ人質を処刑するかどうか、潜伏するメンバー、シンパの一人一人に、リーダー格の男が是非を問うというエピソードがある。
 ある初老の労働者が、「何が正解か、おれにはわからん。おれはその(人質の)男に会ったこともないんだし・・・」と、もっともなためらいを表明する。それに対しリーダー格の男は、こう説明する。「彼を殺せば、マスコミは彼の遺された子供達のことを書き立てるだろう。殺さなければ、我々は弱体化するだろう。」
 つまりどちらを選んでも窮地だが、どちらの窮地を選ぶか、という問題であると。
 殺人の是非、あるいは粉川氏の言う「反権力の暴力を行使しなければならない」局面かどうかの是非は、ここでは置く。ともかく注目したいのは、「政府が」ではなく、「マスコミが」自分たちを断罪することの意味を、過大にでもなく過小にでもなく、冷静に対象化しようとする視点がここにはあるということだ。

 またその場面を抜きにしても、全編を通じて、人質への冷静かつ用意周到な尋問の進め方や、その一部始終を録音し、地下ラジオ局を使って独自に民衆へ伝えようとする姿勢などは、インターネットの普及によって「マスメディア」への意識が大きく変わろうとしている、現代の状況への布石と捉えることも可能ではないか。それらは、粉川氏の別の表現を借りるなら、「反権力集団を孤立させ、自滅に追いつめることができる技術、反権力の闘争を単なるギャングスターの犯罪におとしめることの技術」を意識すればこその、まさに対抗手段に違いない。
 たとえば 『Z』 では、多少スクープに飢えた節操の無いところがあるとは言え、フットワークの軽い良心的な新聞記者が、事件の全貌を暴くために自ら奔走し、反権力の戦いに決定的な貢献をしてくれる。
 一方 『戒厳令』 では、少なくとも表向きは、トゥパマロスと国内の比較的「良心的な」メディアとの間に、何の連携プレーもない。それらメディアの報じ方と、トゥパマロスのラジオ・コミュニケとでは、特に重なるところもない。(PART 1で発言を見た)先の老新聞記者にしても、個人としては間違いなく、政府よりはトゥパマロスに近い思想の持ち主だと思えるが、あくまでも土俵の外からその戦いを分析する立場に徹している。
 もちろんここで、ジャーナリストなんだから「中立」の立場なのは当たり前じゃん、と思って済ませてしまう人も多いかもしれないが、それでは現代社会におけるマスメディアの役割というものについて、あまりにも認識がナイーヴだと言わざるをえない。が、その手のメディア論はさておいても、ウルグアイの現代史 (*2) を紐解いてみれば、事態はそんなに単純ではなかったことはすぐにわかる。すでに事件に先立つ68年暮れには、政府の言う「テロリスト」との交戦状態を理由に、同国は事実上の戒厳令下におかれ、三権分立の原則は崩れていた(タイトル 『戒厳令』 のゆえんである)。
 映画の中でも、老記者の取材を受ける大学総長が、「政府は3つの運動を非合法化し、9つの新聞を発行停止、ストをした数千の市民を逮捕した・・・・そこに諸君が現れ、(今さら)私に憲法を語れと言う」と皮肉をぶつける場面がある。そこからうかがえることは、すでにこの段階で、この国では、憲法が侵害され、言論の自由が大きく規制されているということ。そんな中、まがりなりにも取材・出版活動を許されている老記者の属する新聞社は、「体制側」ではないにしても、体制を揺るがすような報道については慎重に慎重を重ねる、場合によっては自己規制もいたしかたない、という状況下にあるはずなのだ。老記者はジャーナリストとして、思想的に「中立」なのではない。状況のプレッシャーによって、「表面的中立」の立場で仕事せざるをえない、というべきだろう。

 こういったあたりも合わせて考えると、ますますこの作品を「70年代の政治映画」という括りでのみ語るのは、不適当な気がする。粉川氏も指摘したような、権力側の巧妙な「技術」がいよいよ確立し、世界に蔓延していく今日の事態をいち早く予見したところに、この映画の醍醐味がある、といっても差し支えないのではないか。
 そして観客である我々は、その「権力の国家独占が急速に進み、反権力の拠点というものがもはや知のレベルや身体的無意識のレベルにしか存在しえなくなるような事態」(粉川氏)の昂進を、ただ指を咥えて見ている他ないのだろうか?

 それに対するひとつの答え、あるいは観る者への意識づけという点で、重大な意味を担っているのが、この映画における「眼」というモチーフではないだろうか。

 映画のスクリーンは横に長い長方形だ。この映画で再三提示されるカットは、その長方形で切り取られた人物の顔の上半分、すなわち両眼のアップである。
 誘拐の標的であるUSAIDの職員を、ブラジル領事を、木の陰から、あるいは車中から注視する男たちの両眼。
 空港に降り立つ、第2、第3の「アメリカからの使者(=死の使い)」を見つめる空港労働者の両眼。
 そして人質サントーレを尋問するトゥパマロスの男たちの、覆面に穿たれた二つの穴から見つめる二つの眼。
 これほど「眼」が印象に残る映画というのを、僕は他に知らない。
 この「眼」は最初、標的を付け狙う凶漢の眼として登場する。だが、物語が進行し、取り巻く事態が明らかになるにつれ、この両眼が見据えようとするものを、自分もまた自分なりに見据えようとしていることを、観る者はうっすらと自覚し始める。すなわち、いつしかこの両眼は、自分自身の両眼に重ねられているのだ。

 そして、そのことが決定的になるのがラスト・シーンである。飛行機のタラップを、米国国旗に包まれた棺(サントーレの…ちなみにこの棺のイメージは 『ミッシング』 のラストでも意外な形でくり返される)が上っていく。カットが変わり、入れ違うように同じタラップを手を振りながら降りてくる「第2のサントーレ」。彼もかつてのサントーレと同じように、その家族ともどもウルグアイ警察・軍関係者のあたたかい歓待を受ける。
 その様子を、離れたところから見つめる空港労働者。ハンチング帽をかぶったこの中年の男は、「第1のサントーレ」到着時も、その「眼」で見守っていた男だ。
 さらに離れたところから、もう一組の労働者たちも見守っている。一人はスペイン系かイタリア系か、ヒッピー風のひげ面の若者。その奥にいる、もう一人は・・・ああもう一人は!・・・明らかにインディオの血を引く、小柄なおっさん。日本でなら、どこでも見かけるような顔立ちの。
 そこで僕は、今さらのように思い至る。トゥパマロス・・・すなわち、「トゥパク・アマルーにしたがう者たち」 (*3)。18世紀、スペインの支配に抗して反乱を起こしたアンデスの伝説的インディオ。その精神を受け継ぐという意味が込められた、この名の下に集まった者たちは、はっきり政治綱領として書かれることはなくとも、心のどこかで、人種や性の違いを超えて、インディオの精神文化や「弱い文明」の観念を共有していたのではなかったか。

 映画は、この名もなきインディオのおっさんの、両眼のカットで突然終わる。
 単なる冒険活劇としてここまで観ていたなら、このエンディングが意味するところは「そしてトゥパマロスの戦いは続く・・・ジャンジャン!」でいいだろう。だが物語の重苦しさは、自身が絡めとられている現実をそこに重ね合わせて観ていた我々に、そんな高揚感など掻きたててはくれない。
 また、両眼のカットからエンディングにかけて流れる、軽やかで、ひょうひょうとしたフォルクローレ調の曲は、物語を通じて張り詰めていた緊迫した空気とは、まるで似つかわしくない。あたかもそういう地上の咎から解き放たれた魂が、鳥になってラプラタの平原を飛んでいくような・・・・。だがやはり我々は、そんなお約束の飛翔感に酔うこともできない。我々がその時感じるのは、鳥は我々の頭上を飛んでいくだけであり、我々は地上にとどめ置かれたままだ、ということ。
 その地上では、戦いが続く。それが勝ち目のない戦いであっても、「勝ち目がない」ことも含めて、我々は見ていなければならないのだ。
 たとえばこの映画の中でもそうであったように、ジャーナリストがすべてを完璧に知ることなどできない。あなた自身が常に現実と対峙する眼で、この世界を監視しなくてはならない―もしあなたが自分を自由な存在とみなし、その自由を守りたいと真に思うのなら。
 物語の本筋とは直接関係のない、インディオのおっさんが唐突に現れ、その「眼」がラスト・シーンに飾られるのは、その「眼」が特定の登場人物のものではないことを、明らかに訴えたいからである。 『戒厳令』 が時を超えて我々に託そうとするのはまさにそのこと―この両眼はあなたのものであり、あなたが見ていなければならないのだ、ということに他ならない。
 だからこの映画は、描かれている歴史的事件そのものは古くても、十分現代的な問題を扱っていると僕には思える。インターネット全盛の今だからこそ、観直してもらいたい映画の一つ、でもある。



*1 「シネマ・ポリティカ―粉川哲夫映画批評集成」より
http://anarchy.k2.tku.ac.jp/japanese/books/cinemapolitica/c-032.html
この「シネマ・ポリティカ」もふくめた粉川哲夫氏のその他の著書についてはこちら。
http://anarchy.k2.tku.ac.jp/japanese/books/index.html
*2 ウルグアイの詳しい歴史年表です。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/laplata/urguay.htm
その他の中南米各国の年表も、下から見れます。AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会) 鈴木頌氏による渾身の力作群です。
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/
*3 トゥパク・アマルーの名は、ウルグアイのトゥパマロスよりも、ペルーの「日本大使公邸人質事件」を引き起こした「トゥパク・アマルー革命運動」(MRTA)によって、多くの日本人に強烈な印象を残したかもしれません。もう一度あの事件が何であったか振り返りたいという方には、下のサイトをお勧めします。
http://clinamen.ff.tku.ac.jp/MRTA/MRTA.html
トゥパク・アマルーおよびトゥパク・アマルー二世については、こちらが比較的簡潔にまとめてあると思います。

追記
 この作品で真正面から暴かれている「SOA−School of the Americas」(後に西半球治安協力機構Western Hemispheric Institute for Security Cooperationと改称)については、中南米の人々の長らく続いた抗議により、最近(2006年)大きな前進があったようです。「反戦翻訳団」の記事から。

 http://blog.livedoor.jp/awtbrigade/archives/50253770.html

 中南米の潮流は確かに変わりつつある。“USAのくびき”から逃れようとしているかのように。もちろん反動も恐ろしいのですが。
 記事後段にある、北朝鮮による拉致被害家族への、アルゼンチンの「日系人行方不明者家族の会」からの手紙も興味深いです。











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